“女帝”の落日 世界はどこへ向かうのか

“女帝”の落日 世界はどこへ向かうのか

何がメルケル氏を追い詰めたのか

メルケル氏がドイツの首相に就任したのは2005年。13年にわたる在任期間は、主要7か国のリーダーの中で最も長く、「ヨーロッパの女帝」とまで呼ばれました。

そのメルケル氏が国民の支持を失うきっかけとなったのが、中東などからの難民の受け入れ問題です。

メルケル首相は、2015年9月、反難民を掲げるハンガリーに滞留していた大勢の難民たちを人道主義に基づき国内で保護する方針を発表しました。この判断をきっかけに、「ドイツは私たちを受け入れてくれる」と考えた人たちが、大挙してヨーロッパを目指すようになり、去年までの3年間に、実に130万人もの難民や移民が到着しました。

当初は、多くのドイツ国民が難民の到着を歓迎していましたが、ドイツ人女性が難民らの集団に乱暴されたり、イスラム過激派の難民がイベント会場で爆発物を爆発させたりする事件が相次いで発生。難民に対する世論は、厳しいものへと変わっていきました。

国民の反発を受けて、メルケル首相は、難民の到着を抑制する政策に乗りだし、実際に到着する難民の数は大幅に減りました。しかし、大量の難民の到着を招いたイメージはいつまでたってもふっしょくできず、先月行われた2つの地方選挙で、保守系の与党はいずれも10ポイント以上得票率を落とし、歴史的な惨敗を喫しました。

一方で、難民の受け入れ反対を掲げる右派政党「ドイツのための選択肢」は異例の躍進を遂げ、この結果、国内にある16すべての州で議席を獲得しました。

そして先月29日。「新しい1章を開く時が来た」ーーメルケル首相は、党首退任を表明したのです。

われわれはナチじゃない

広がる“反メルケル”の足元では何が起きているのか。

私は今月中旬、メルケル首相への反発が大きなうねりとなった、東部の都市、ケムニッツを訪れました。

この町では、ことし8月、中東出身の難民の男らによってドイツ人の男性が刃物で殺害される事件が起き、これをきっかけに、ドイツ全土からネオナチのメンバーら数千人が集結。大規模な暴動に発展しました。

市民との対話集会に臨んだメルケル首相。集会では、「難民問題の間違いは二度と繰り返さない」と述べ、到着する難民の抑制に取り組んでいると強調しました。

しかし、市民からは批判の声が相次ぎました。経営コンサルタントの男性は、難民受け入れに不満を持っているのは、極右だけではないと主張。

「私はいつもデモに参加していますが、デモに参加しているのは家族連れやお年寄りなど一般市民です。ナチではありません」

会場の近くでは、2000人を超す極右団体の支持者などが反メルケルのデモを展開。参加者たちは「辞任しろ」とか、「裏切り者」などとシュプレヒコールをあげていました。

ドイツは戦後、ナチスの犯罪と向き合い、寛容な社会を築こうと国をあげて努力を続けてきました。少しでも難民に批判的なことを言うと「人種差別主義者」とのレッテルを貼られかねない雰囲気もあるほどです。

しかし、取材をしていると、こうあるべきという「理想」と、それについて行けない人々の「現実」が、ドイツ社会の中で、どんどんかい離してしまったと感じます。今も、難民など困っている人は助けるべきだし、助けたいという人は少なくありません。ただ、多くの人が支援に疲れ、限界を感じているのが実情なのです。

メルケル氏の後継者は?

メルケル氏の後継となる党首は、12月7日から北部の都市ハンブルクで開かれる党大会で、各地方の代表者1001人による投票によって決まります。

焦点は、メルケル路線の“継承”か、それとも“修正”か。

メルケル首相は、徴兵制度の廃止や、脱原発、難民の寛容な受け入れ政策など、リベラル寄りの政策を実施してきました。このため、党内には、メルケル首相の政策があまりに左派的で、右派の台頭を招いたという批判の声が根強くあります。

今のところ、有力候補は次の3人です。

▼党の幹事長でメルケル首相の信頼が厚いクランプカレンバウアー氏(56)。西部ザールラント州の首相として、逆風と見られた州議会選挙を勝利に導いたことから、ことし2月の党大会でメルケル氏によって党の幹事長に抜てきされました。理性的な言動や、メルケル首相以来2人目の女性の幹事長という経歴から「ミニメルケル」とも呼ばれています。

▼かつてのメルケル氏の“政敵”である、弁護士のメルツ氏(63)。連邦議会の保守系議員団のトップだったメルツ氏は、2002年にメルケル首相との権力争いに敗れ、ポストを奪われました。2009年に政界を退き、経済界に転身しましたが、今も党内に太いパイプを持っています。

▼そしてダークホース的な存在が、保健相のシュパーン氏(38)。22歳の若さで連邦議会の議員に当選し、ことし3月、初めて閣僚に就任しました。メルケル首相の寛容な難民受け入れ政策を厳しく批判し、党内右派の論客として頭角を現しました。

最新の世論調査では、クランプカレンバウアー氏とメルツ氏の2人による接戦になることが予想されています。

首相早期退任の可能性も

021年まで首相の職にとどまる意向を示すメルケル首相ですが、それよりも前に退任に追い込まれる可能性も指摘されています。

メルケル首相に近いクランプカレンバウアー氏が新党首になれば、今後の政権運営、そして権力の移譲が順調に進むと見られますが、メルツ氏などが就任すれば、メルケル首相との関係がこじれるおそれがあるからです。

来年に予定されているヨーロッパ議会選挙や地方選挙で、有権者の支持を回復できるかどうかも、“メルケル降ろし”に影響を与えそうです。

ヨーロッパに広がる不安

メルケル首相はこれまで、ヨーロッパのリーダーとして、国際政治の舞台で多国間協調を訴え、自由貿易や地球温暖化対策などを推進してきました。

しかしヨーロッパでは、イギリスがEUからの離脱を決め、ポーランドやハンガリーなど東欧の国々とは難民政策をめぐって対立。さらにイタリアが財政規律に従わない姿勢を示すなど問題が山積しています。

また、アメリカ第一主義を掲げるトランプ大統領との関係は貿易や安全保障の分野で対立が目立っています。

ヨーロッパの“安定の礎(いしずえ)”を自負してきたメルケル政権の不安定化は、ヨーロッパだけでなく国際社会全体にも大きな影響を及ぼすおそれがあります。

激動の時代を迎えた今こそ、ドイツ政治の底力が試されています。

より NHK

野田 順子

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